■序章(No.1)
雲一つない冬の夜。
満月の月が鮮紅色に輝き、その光は痛々しい程に冷たい。
「やっと帰って来たぞ、と。」
紅い月光に照らされ、男の燃える様な赤い髪がより一層美しく輝く。
男の名前はレノ。
タークスとしての仕事が予想以上に長引いたせいで、ミッドガルへは久々の帰省となってしまっていた。
「今夜は満月か…と。」
蒼い瞳を紅い月光に染めながらレノは目を細めた。
「懐かしいな…と。こんなに紅い月は…。」
まるで鮮血を連想せるような真っ赤な月…。
きっと街に住む誰もがこの月を見て不安がっている事だろう。
しかし、レノはこの鮮血の月の色が大好きだった。
赤はレノの最も好きな色…。
「久々にあの場所へ行ってみるか…と。」
思いついたかのように足を進めるレノは、迷う事なく地下への階段を下った。
そこは…ミッドガル〈通称:腐ったピザ〉と呼ばれる…スラム街の集落だった。
ここに住む人々は、外の太陽や風…紅い月夜の光さえも感じる事が出来ない。
抜け出そうとした者もいるが、神羅の人間でない限りそれは不可能だった。
巨大なプレートに遮られたその場所は牢獄の街と呼ばれ…沢山の人々がひっそりと暮らしていた。
8年前…あの出来事が起こるまではレノもこのスラム街で暮らしていた…。
8年前―伍番街〜スラム―
スラム街の外れ、以前は立派なお屋敷が建っていた場所も、今は廃墟と
化している。
誰も近寄らないその場所は不良の溜り場となっていた。
14歳の少年…レノは、特にその場所が気に入っていた。
スラム街で一番高いその建物のてっぺん、そこにはレノしか知らない秘密があるからだ。
「…今夜は月が紅いな…と。」
地下世界では決して知る事の出来ない外の様子が、その建物のてっぺんでは覗く事ができるのだ。
と言っても、小さな穴の空いた屋根から溢れる一筋の光程度…。
4年前に、地上で起こった銃撃戦の際に弾が命中した天井の名残なのだ。
しかし、暗いスラム街で生まれ育ったレノには不思議で優しい光にすぐに魅了されていた。
「綺麗だな…と。」
建物の屋根に寝転びながらレノは目を細めた。蒼い瞳が紅い色に塗り替えられていく様がどことなく心地良い。
″…紅い月の夜には誰かが死ぬ…″
レノの頭にふとその言葉が寄切った。
こんなに紅い月は真っ赤な血を欲しがる。不吉な夜なんだと…誰かが言っていたからだ。
「おーい、レノー?」
同じスラム街に住んでいる少年がひょっこり顔を覗かせた。
レノより1つ年下で、生まれつき体が弱く病気がちな少年だ。兄の形見だと言うゴーグルが一際印象的に額に輝く。
名前はブラッド・サースト。
レノとそのブラッドは早くに両親を亡くした為、何かと助け合って生きてきたのだ。
ブラッドは、気持ち良さそうに寝転んでいるレノの横に座ると、天井から降り注ぐ
一筋の光を見つめた。
「綺麗だよなぁ…
」
「あぁ…」
何か宝物を見つけたかの様に瞳を輝かせながらブラッドは光を指指した。
「おれ…この光好きだなぁ…。『月』って言うんだろ?丸くて…でっかくて…
すんごい綺麗なんだってさ。」
「でも、月は毎日膨らんだり欠けたりるんだ。時々色も変える。結構気まぐれな奴なんだって。」
「へぇ…お前色々知ってるんだなぁ、と。」
「へへっ♪」
兄気分のレノに誉められ、ブラッドは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「昔…兄ちゃんに教わったんだ。兄ちゃんはおれよりずーっと強くて…大人で…憧れだった…。
まだおれが3歳になったばかりの頃に″ソルジャーになるんだ″って言って家を飛び出して行った。そして…兄ちゃんは外の世界を見たんだって…。
でっかい月や太陽を見た事があるって、おれにいつも話してくれたんだ。」
ブラッドは自慢気に語りながら額のに輝くゴーグルに手をかけた。
「……」
「…でも、戦に連れて行かれた時に…足を撃たれてすぐに帰ってきたんだ…。父さんは兄ちゃんの分も頑張るって言って出て行ったっきり帰って来ない…。その後兄ちゃんも…」
「……」
「……あっ、レノは?おれ、レノの事あんまり知らないんだ。」
「はは、オレの事なんか知ったってちっとも楽しくなんかないぞ、と?」
「いいんだよ。おれは知りたい。レノの事知りたい。」
ブラッドの真っ直ぐな瞳に、レノは思わず苦笑いをした。
こんな事を聞かれたのは、生まれて初めてなのである。
「うーん…そこまで言われちまうと…あー…………なんか自分で自分の事
話すなんて薄気味悪いな…と。お前が聞きたい事聞いてくれよ?」
「うん。じゃあ……レノの…家族は?夢は??」
「…んないっぺんに聞くなよ、と(笑)」
「ご、ごめん…でも知りたいんだ♪」
「あー…分かったよ。…………オレの…家族は…いないぞ、と。オレが物心ついた頃には既にいなかったな…両親共殺されたって噂だったぞ…と。」」
「…………」
レノが初めて語った過去に、思わずブラッドは言葉が詰まってしまった。
自分は…兄と慕っていたレノの事を何にも知らない…。
「…あ…あのさ、……誰もいないの…?寂し…くない?」
「はは、ずっと一人で生きてきたからな…寂しくはないぞ、と。」
苦笑いをしながら語るレノの寂しげな蒼い瞳が、その言葉を静かに否定していた。
寂しくはない…。
寂しさはとっくの昔に捨てたから…。
寂しいと感じるのは、心が弱いからなんだ…。
いつからか、そう思わないと生きていけなっていた。
だってオレは独りだから…。
それを感じさせまいと笑いながら話すレノは、さらに話を続けた。
「…ブラッド、お前は幸せだぞ〜?親の顔覚えてるんだろ?じいさんも沢山話してくれたんだろ、と?」
「う、うん…」
「オレの夢は……この薄暗い世界から抜け出す事だぞ、と。…お前のじいさんが言ってたでっかい月や太陽をこの目で見る…んでもって自由って奴を手に入れてやるぞ、と。」
「自由……。」
スラムの住人には当たり前のようなその夢は、叶えたくても絶対に不可能な夢だという事は分かっていた。
しかしブラッドには、レノが語った夢は奇跡が起こって、本当に神様が叶えて
くれる…………。そんな予感がした。
この人に付いて行けば…自分も自由になれる!!!
「……おれも…見たい!でっかい月や太陽を見たい!星や流れ星も見たいよ!自由になりたい!!」
真剣なブラッドの言葉に、レノは笑顔で頷いた。
「おっし!その意気だぞ、と!絶対…ここから抜け出そうな…お前も一緒に連れて行ってやるぞ、と。」
「うん!!」
レノの決意に燃える瞳は一筋の月光の光を捕え、その手はしっかりと光の柱を握っていた。まるで自らの未来を掴み取る様に…。