■次章(No.2)
″紅い月の夜には誰かが死ぬ…。真っ赤な血を欲しがるんだ。不吉な夜なんだよ、と誰かが言った。″
レノが見つけた建物のてっぺんに降り注ぐ一筋の月光は、子の刻を回った頃にその姿を消した。
外の世界の様子を唯一知る事の出来る光の柱が消えるのは少し残念だったが、消える事は別に珍しくなかった。
月に雲がかかっただけかもしれない。しかし、レノの不安は徐々に増していた。
今まで見てきたどの月光より紅く不気味な光を見た事がなかったからだ。
まるで鮮血の様な赤…
丑の刻に差し掛かった時の事だった。
スラムの広場から悲鳴が響いた。と、同時に歓声も挙がった。一人、二人どころではない。もっともっと大勢いる。
″紅い月の夜には…人が死ぬ…″
レノの脳裏にその言葉がくり返される…。
得体の知れない不安に襲われたレノは、その声の元へと走った。
心無しか、さっきの悲鳴がブラッドの声に似ていた気がしたからだ…。
″…怖い…″
小さい頃に両親を殺され孤児となり、荒れたスラム街で今まで生き延びて喜たレノには初めての感情だった。
″…何が怖いんだ…?″
″失うのが怖いよ…″
″もう何も失いたくないんだ…″
スラム街の広場には、不良グループが数十人程集まり、ある者は煙草を吹かし…ある者は鉄製の棒や棍棒を振り回していた。
その中心には一人の少年が倒れていた。血を流し、かなりの深手を負っている様子だ。
レノの不安は的中した。まさしく、その少年こそあのブラッドだったのだ。
「よぉ…レノじゃねぇか?」
不適な笑みを浮かべながら煙草の煙をレノの目頭に吹きかけてきたのは、ここら周辺を取り仕切っているリーダーのリパルスだ。年も身長も体格もレノの数倍上だ。
「…殺したのか…と?」
レノの声は震えていた。
リパルスはそれを見逃さなかった。さらに威圧的な笑みを浮かべ始める。
「あぁ?まだ殺っちゃいねぇよ。ただ、随分痛め付けてやったけどなぁ。こいつ、赤ん坊みたいに泣き叫んでやがったんだぜ!」
リパルスの皮肉ぶった口調に部下の男が声をあげて笑った。
「こいつがミッドガルを抜けて外へ行きたいってほざきやがったのさ!」
「おい、冗談だろ?って聞いたら″本当だよ″って〜笑っちまうよなぁー!」
リパルス達の言葉に、レノはきつく唇を噛んだ。
本当なら、今すぐにでも飛びかかってやりたい…。
「なぁ…レノ。俺はここのリーダーだ。リーダーのリパルス様に黙って勝手な行動起こされちゃあ困るんだよなぁ?」
「いいか…俺等、伍番街スラムの連中が何か騒ぎを起こしたら神羅の奴等が黙っちゃいねぇ。下手すりゃ、巨大なプレート落とされてこの街ごとぺしゃんこだ!」
「だから、馬鹿な考えをする奴は始めっから叩き潰すって訳さ。」
そう言うと、自らが吸っていたタバコを地面に投げ捨て靴で踏み潰した。
「レノ…まさかお前は外の世界に行きたいとか、夢みたいな事言ったりしねぇよなぁ?俺等、仲間だろ〜?」
「今回は特別に″無かった″って事にしてやっから…ひとつだけ俺のお願い聞いてくれよ?」
リパルスはヤニ臭い顔を近付けてレノの耳元で囁いた。
『…そこに血流して寝てるお前の友達にトドメを刺せ…!』
レノの背中に悪気が走った。
誰が…誰を殺せだって…?
オレが…ブラッドを…殺す…?
″紅い月の夜には誰かが死ぬ…″
「ほら、こいつで一突きしてやれ。」
リパルスの部下からナイフを手渡され、手は自然と震えていた。
威圧的な無数の瞳…。
「おらぁ!早くやっちまぇ!」
次々と野辞が飛ぶ中、リパルスはレノの肩に手を置いた。
「怖いのか…?人を殺した事がないのか…?」
″怖い…?殺す…?″
″コワイ…?コロス?コロス…?″
「おら、何黙ってんだよ?早くやれよ!」
レノの態度に痺を切らした部下の一人がレノに向かって石を投げつけた。
鈍い衝撃と共に、レノの頭に石は命中した。
痛みと共に生暖かい物がレノの額を伝い落ちる。
血…真っ赤な血…
月の色と同じ、真っ赤な血…
次の瞬間だった。
レノの中で何かが音を立てて切れた。
「…るな…。」
「あぁ?なんだ?聞こえねぇよ?」
「…触るな…」
「は?何言ってんだ?」
「お前の薄汚い手でオレに触るなっつってんだよ!!」
一瞬だった。リパルスの手を振りほどくと、手で持っていたナイフで素早く斬り付けた。
血が雨のように降り注ぐ。
「っあぁぁあああっっ!!」
リーダーの悲痛な叫びを皮切りに、部下達は一斉にレノに襲いかかった。
「き…さまぁぁぁ!!」
1人対数十人…戦況は目に見えていた。レノの絶対的不利である。
ある者は鉄製の棒で、ある者は素手で…14歳の少年を痛め付けた。
全身が痛い…。血が次々と吹き出していく…。
しかし…止まらない!!
レノの鬼神の様な動きに翻弄され…数十人程いたリパルスの部下達も、1人2人と倒れて行き…ついに3人を残すだけとなった。
「こ…こいつ…」
「強えぇ!」
「…ち、ちくしょう!」
うろたえる部下達をしり目に、レノは容赦なく一撃を与えていった。鮮血が飛び散る。
全てが終わった……
レノも広場も真っ赤に染まっていた…。
生臭い血の臭いと断末魔の悲鳴がまだ鮮明に残っている。
「うぅ…ぁ…」
うめき声…。
まだ息のある者もいるのだろう。しかし、今のレノには全く聞こえていない様子だった。
レノは血を流して倒れているブラッドの側に行くと、やはり血で染まった手でそっと頬に触れた。
「……ブラッド…大丈夫か…?」
「…ぅぁ……レ…ノ…?」
微かな声…。
「あぁ。お前を痛め付けた奴等はみんな倒したぞ…と。」
「…そ…か…あり…がとう…。おれ…レノと…一緒に…で…かい月見たかったなぁ…」
苦しそうに息をしながら、ブラッドは笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ…一緒に見るんだぞ、と。変な事言うんじゃねぇ…ぞ?」
レノはブラッドの肩を揺すった。ブラッドの肩にはレノの手の血がべったりと付いた。
「おれ…分かるんだ…もう……………ごめ…ん…
…………レノ……これ…」
ブラッドは震える手をレノに差し出した。その手には、彼の憧れだと言う…彼の兄の形見のゴーグルがしっかりと握られていた。
「おい…これ…」
「……レノに持っていて貰いたいんだ……」
レノは震えるブラッドの手と…その手に握られているゴーグルを力強く握った。
「…ブラッド…!」
「あ…りが…と……レ………ノ………
あえ…て……よ…かった……」
「ブラッド…!!」
血まみれで赤く染まった友は…ゆっくりと瞳を閉じた。
…それがブラッドの最後だった。
うっすらと涙の光る両瞼は…二度と開く事はなかった…。
冬の夜の冷えが、命の灯火の消えたブラッドの体温を急速に奪って行く…。
冷たい…
紅い月は……友達を…紅く染めて連れ去ってしまった…。