■参章(No.3)



どれ位の時が経っただろうか…。





気が付くと、ブラッドと一緒に語り合った建物の所に立ち尽していた。

紅く不気味な月はもうとっくに沈み、地上では太陽と呼ばれる光が顔を出しているのだろう。月よりも明るく力強い一筋の柱を作っている。



太陽は月と違って明る過ぎる。外の人間はこんな眩しい光をいつもあびているのか…。



レノは目を細めた。







ズキン…



「…痛……」







ふと今まで忘れていた痛みが、湧き出る様にレノを襲う。


無我夢中だったせいか…体中傷だらけだという事に気付いていなかったのだ…。




「…痛い…」



どこが痛い…?




体も……




心も……







両方痛い……



































「…君がレノか?」


人気のない建物内から急に声が響いた。


スラムで常に注意深く生きて来たレノは並外れた能力を持っていた。
しかし、そのレノでさえそいつの気配は全く感じなかった…いや、感じる事さえできなかった。





それ程の力量の持ち主…間違いない…




「…神羅の…タークスだろ?」




振り返ると…黒いスーツに身を包み、黒い長めの髪を後ろでまとめている…いかにも真面目そうな男が立っていた。


男はゆっくりレノに近付く。



「勘が良いな。その通り、私はタークスだ。」




レノは男を睨んだ。しかし、男の黒い瞳は…レノと同じ…冷たくも悲しい眼差しをしていた。不思議と目が反らせない…。





「神羅の中でもエリートとか言われるお偉いさんが、なんでこんなスラムに居るんだ…と?」



レノは悟った。スラムの広場での一連の事件…自分は人を沢山殺し、傷付けた…。



この重大事件に神羅が動かない訳がない。






「オレを…殺しにきたのか…と?」




レノは身構えた。こんな傷だらけの体で、神羅カンパニーのトップクラスの実力を持ったタークスに勝てる訳がない。
確率はほぼ0に等しいと言っても良いだろう…。


しかし、身構えたはいいものの……一切動く事ができなかった。自分の体が、心が…″こいつとは戦うな″と悲鳴を挙げているからだ。




男はレノを静止するように片手を振りかざすと、ゆっくりとした口調で話し始めた。




「……上からは君の身柄を拘束し、その場で処刑するように言われている。
しかし…一つだけ聞きたい…。」




「あの男達…君一人で全員倒したのか…?」




「へっ…そうだって言ったら…?」




「やはり…そうか…。同行した検識官の調査では、男達の傷は全て同じ武器で付けられた事が判明している。



この小さなナイフで…数十人を相手にしたのか?」

男の手には、先程までレノが持っていた血まみれのナイフが握られている。






「…あぁ。」




「一体君は何者だ?





………………気が変わった…。
私は君を殺しはしない。」





「その変わり、君に今…これからの自分の運命を決めて貰う……。」




男の瞳が真っ直ぐにレノを見つめる。





「私と一緒に…タークスとして働かないか?」




「……」



「もし断れば…君は重罪人となり、他のタークスによっていずれ殺されるだろう。だが、強制はしない…。」




「……地上に…行けるのか…と?」


レノの瞳に一筋の光が差した。



「あぁ。ここよりはずっと明るい所だ。しかし、血塗られた暗い道を歩む事になるが…な。」




「いいぞ…と。」




「そんな簡単に決めてもいいのか?これから…一生…この道を歩むんだぞ?」



「あぁ。」



「二言は無いな?」



「あぁ…。夢なんだ…」





「夢…?」



「い、いや…なんでもないぞ、と…」



「おかしな奴だ…神羅に夢を抱くなど…」



「まぁいいだろう。
私の名前は…ツォンだ。」



ツォンと名乗った男は、片手を差し出した。





「へ…?」




「分からないか?これから同僚となるんだ。握手をしようじゃないか。」





「あ…でもオレ…今手血だらけだぞ…と?」


自分の両手を見るなり苦笑いをするレノ。
時間が経っている為、血は乾いて固まっているが、やはり衛生的とは言えない。




しかし、ツォンは躊躇する事なくレノの右手を握ると固く握手をした。



「血など見慣れている。気にするな。これからもっともっと血を見ることになるんだぞ?」



「…あぁ。」




「それでは…宜しく。新入りタークス、レノ。」




「宜しく、と。」





紅い満月の夜、レノはタークスとなった。